棕櫚の日曜日、洗足の木曜日、受難週について教えてください | |
教会ではレント(受難節)の最後の一週間を「受難週」と呼び、イエス様のご受難を特に覚えます。 マルコによる福音書によれば、この一週間は以下のようなことがありました。 第1日が「棕櫚の日曜日」です。 子ロバにまたがってイエス様が弟子たちと共にエルサレムに入場され、人々は葉のついた枝を手に それを振りながらイエス様を迎えたことに由来します。口語訳聖書ではその木を「棕櫚」と訳してい ますが、新共同訳聖書では「葉のついた枝」「ナツメヤシ」と訳しています。教会ではこれまでの慣例によって「棕櫚の日曜日」と呼びます。 第二日月曜日は、「宮潔め」とよばれ、エルサレムの神殿で行われていることへの強い批判の言葉と 行動を起こされました。 第三日火曜日は、神殿の境内で様々な論争や説教かなされました。 第四日水曜日は、エルサレムから出てオリブ山のふもとベタニヤで説教され、一人の女から香油が注がれました。 第五日木曜日には、様々なことがあわただしく行われました。 (ユダヤ教の過越祭の食事にならった)最後の晩餐の食事で聖餐式を制定され、食事の席から立ち上がって弟子たちの足を洗い(この出来事はヨハネによる福音書だけに記されている「洗足」)、聖餐と共にイエス様がなさったこと、これからなさろうとしていることの意味を行動で教えられました。 そのあとゲッセマネの園で祈られ、ユダに先導された神殿の下役たちによって捕縛され、大祭司による宗教裁判を受けました。 第六日金曜日「受難日」には、早朝ローマの総督ポンテオ・ピラトの裁判を受け、ゴルゴタ(されこう ベの意味)で朝9時ころ十字架につけられ、午後3時ころ息を引きとられました。その後、あわただ しくアリマタヤのヨセフが用意した墓に葬られました。 |