質問箱


question イースターについて教えてください。キリストは本当に甦ったのですか
answer 1.本当に甦りました。教会が存在し、日曜日ごとに全世界で2000年間礼拝が捧げられていることがその証拠です。
ユダヤ人たちは、愛と赦しを説き続けたイエス様が神を冒涜した者として十字架につけ、墓に葬られたことでイエスの教えの息の根を止めたと考えました。しかし、三日目の日曜日の朝、キリストは甦りました。
キリストの甦りは、絶対だった人間の死が打ち破られる新しい時代の到来です。これが闇の世界に伝えられ、キリストの再臨への期待とも相まって、教会はローマの世界に爆発的に進展してゆきました。使徒言行録の記録、その後の歴史の示すとおりです。
しかし、キリストの再臨はすぐには起こりません。そこから教会は、主イエスは再び必ず来られることを信じつつ地上でのあり方を冷静にとらえ直し、歴史と世界に責任ある関わり方へと導かれてきました。
キリストの復活から出発した教会は、その十字架の意味を考え、公の生涯を振り返り、最後に誕生までさかのぼって記録を記しました。私たちが人の生涯を考えこととは全く逆です。


2.聖書は不親切です。結果だけを記して、キリストがどのように甦ったのかは一言も記していません。キリストの甦りは理性では納得できるものではありません。マタイによる福音書には、甦りの「イエスに会い、ひれ伏した。しかし疑うも者もいた」と記されています(マタイ28:17)。キリストの甦りは理屈でわかることではなく、最後は聖書と教会の証言を信じる以外ないのです。物質なら切り刻んでその本質を究めつくし納得することはできますが、人生の関わること、人格にかかわることは、最後は信じる以外ないのです。
その際、荒唐無稽なことを信じるのではなく、2000年間の教会が信じていることに自分も加わっていくのです。
しかし、キリストの甦りを信じるか信じないかの結果はあきらかです。何もかもが死で決着がつけられ、そのあとは無に帰すなら、突き詰めれば「食べたり飲んだりしようではないか、どうせ明日は死ぬ身ではないか」(コリント書一12:12)ということになります。
死の先にも道が続いていることを知っていることが、地上での倫理的な生活や豊かな生き方の源でもあります。キリストの甦りについて記した個所の最後でパウロはこう記しています。「だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。」(コリント書一15:58)


3.復活日論争が教会にはありました。キリストの御復活をいつ祝うのかで1500年代まで論争し続けたのです。実は東方教会(正教会)と西方教会(カトリック教会、プロテスタント教会)では、今でも1週間ほど違いがあります。
クリスマスは12月25日で「固定祝日」です。イースター、ペンテコステ(聖霊降臨日)は「移動祝日」で毎年移動します。
イースターは、ユダヤ教の過ぎ越し祭と深いかかわりがあり、ニサンの月(太陽暦の3〜4月)16日であることははっきりしています。そのころは太陰暦で守られておりました。しかし太陽暦(ユリウス暦)によって守る教会もありました。太陽暦も、「ユリウス暦」からより正確な「クレゴリウス暦」にもなりました。
イースターは最終的には、325年ニケヤ公会議で「春分の後の最初の満月の次の日曜日」と定められ、暦も1582年現代の公用暦「クレゴリウス暦」が制定され次第に統一されてきました。




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